「NPO法人みどりの風 ニュースレター」に寄稿させていただきました

NPO法人みどりの風は、富山県に在住する医師を始め様々な職種のメンバーで構成される、人々の心身の健康維持、促進、回復をめざす非営利団体です。みどりの風が発行しているニュースレター(みどりの風通信)に寄稿させていただきましたものを掲載いたします。

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歳月(さいげつ)流れる

 久しぶりに、飛行機で富山―羽田間を往復した。快晴とはいかなかったが、春から夏に向かう北アルプスから、緑の絨毯の中央アルプスを一望しているうちに、機体は気流に巻き込まれ、雲の中で木の葉のように揺れ始める。少し不安になってきた頃、突然、紺碧の空が広がり、眼下には関東平野が飛び込んできた。飛行機は、降下しつつ着陸態勢に入っているとアナウンスがあり、「もう大丈夫!」と、胸をなでおろす。

 帰路は東京湾を見下ろしながら一直線に飛び立ち、茜色に染まる夕暮れ雲の中を抜け出すと、もう中央アルプスを越え、北アルプスの山肌に残雪の縞模様が見えてくる。

 太平洋の羊水の中にはぐくまれた命が、なだらかな関東平野に抱かれ・育っていく。思春期からは、山あり谷ありの山岳地帯に翻弄されながら、いつしか北アルプスからの恵みに連なる扇状地での穏やかな晩年を迎えて、やがて日没とともに日本海のかなたに、沈んでいく。東京―富山間の列島横断は、人の一生をも、俯瞰して見えると妄想されてくる。

 そういえば子どもの頃、「山の彼方の空遠く…」とつぶやきながら仰ぐ、剣岳・立山連峰の峰々は、自分の行く手に立ちはだかる屏風のようで、この地に生まれたことが、恨めしくさえ思われていた。いつの日か、彼方の景色を見てみたいと、憧れていた遠い日の記憶が風船のように、ふんわり浮かんできた。前途を阻む象徴だった山々を、私は今、はるか上空から、見下ろしている。半世紀以上にわたる長い歳月なのに、振り返ると、一瞬の夢・幻ようにさえ思われてくる。「人生はあまりにも短い」若い頃には想像すらできなかったが実感だ。

 その時々のあれこれの思いに浸りながら、何度この横断飛行を繰り返してきたことだろうか?

 娘が学生の頃、「親がかりでもいいから、卒業させておいた方がいい」と、本田先生の助言のお陰で腹が決まり、週末ごとに卒論の手伝いに、往復した日々もあったっけ…。当時は、いつも胸の奥底に鉛玉を抱えているようで、先の見えない暗闇の中を、心細い思いでとぼとぼ歩いていた。その時期には、トンネルを抜け出した未来を思い描くことができなかった。十数年の紆余曲折を経て、このコロナ禍の中で、娘は2児の母親になっている。緊急事態宣言発令中を押して、新しいいのちに出会うための今回の空旅でもあった。

 これまでの「みどりの風回復実践講座レジメ」の束は、私の宝箱。時代の閉塞感に鬱々して滅入ってくると、そっと覗いてみる。先の見えない時だからこそ、「リンゴの木を植える…」。今日はこの言葉が胸に落ちる。体力・気力の衰えを日々自覚しているが、「明日には明日の風が吹く」のだから、ささやかながら今できることを、やっていきたいと乞い願う。